混物語 第終話「まごころフィニッシャー」 005

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後日談と言うか、今回のオチ。

全体のオチと言うべきか。

社会人になったあとも研修やら訓練やらを受け続けていて、未だ学生気分の抜けていない僕ではあるけれど、しかしまあ、歳を取った分経験も積んでいて、世の中の複雑さみたいなことは、高校生の頃よりは、わかっているつもりである──世の中はまことに複雑であり、世界が複雑怪奇であることを知っている。

どんな事件にも、どんな出来事にも、どれほど言葉を尽くしても、語り尽くせない物語があることを知っている……、まして、謎に対する解決を、一言で説明するなんて不可能だ。

いつか扇ちゃんが、問題編よりも解決編のほうが長い推理小説こそが名作と呼ばれるに相応しいなんて、ちょっとよくわからない、それこそ謎めいたこだわりみたいなものを語っていたけれど、そういう意味では、この世界はよくできた事件簿と言えるのかもしれない。

ただし、今回の殺人事件に限って言えば、例外中の例外を認めるしかない──真心ちゃんが、不可能を可能にしてみせたのだった。

アメリカ合衆国の各地で起こった、十四人の指名手配犯を被害者とする猟奇的殺人事件について、刑事でもなければ名探偵でもない橙なる種は、こう述べた。

「宇宙からばら撒いたんだぞ」

一言。

それですべてが語り尽くされたのではなく、もうそれを聞いてしまえば、それ以外のことが最早どうでもよくなってしまうくらいの衝撃である──国土面積に比例して犯罪のスケールも違うなんて、いい加減なことを思っていたけれど、しかし、解決編のスケールは、グローバルさえ超越した。

なるほど。

そりゃあ、おしまいだ。

そんな解決編が真相として認定されてしまえば、薄っぺらい地表で起こるちまちました犯罪なんて、まるっきりものの数ではなくなる──今、うっかり、『これは平面ではなく立体の殺人なのだ』なんて、気取った叙述をしそうになったけれど、掘り下げてみれば、立体どころか、時間さえもコントロールしている。

高速殺人事件。

真心ちゃんが、先んじて言っていた、『距離が遠いほうが、早く辿り着けるってこともある』という謎めかした文言の意味も、こうなってしまうと明解である。

能力が高いんじゃなくて、意識が高い。

そうも言っていたが、ならばそこに『犯行現場』もまた『高かった』と、詳細に付け加えなければならない。

高速じゃなくて、高度であるべき。

高度であり──高々度であるべき。

四〇〇〇キロどころじゃない。

その十倍以上二十倍の高さから、連続殺人犯を合衆国の国土に向けて『落下』させたならば、たとえ同じ位置から同じ方向にえいやと投げたところで、ほんのわずかな角度の違いで、あちこちに、てんでばらばらに、四方八方へと散ってしまうことだろう──まして、ばらばらになるよう、それぞれの地域を狙ったのだとすれば。

軍事衛星から発射されるレーザーミサイルをイメージすればよかろう──発射口の角度を少々微調整するだけで、一ヵ所から動くことなく、世界の半分を狙撃できる。

動くことなく。

否、実際には高速で移動している──地球の重力と、その自転速度に合わせて、静止衛星のごとく、動き続けている。

距離が遠いからこそ。

『遠いからこそ』と言えば、昔、何でも知ってる委員長から教えてもらった試験対策の中に、落下時間が長ければ長いほど、落下速度も上がりそうに思えるけれど、実際には空気抵抗があるから、速度は一定以上には上がらないというものがあった──だから問題文には『ただし、空気抵抗は考えないものとする』の一文があるのだと。

たとえ成層圏から突き落とされても、つまり、光の速度で叩きつけられるわけじゃあないってことか──それでも、大抵の隕石がそんな運命を迎えるように、生じるその空気抵抗で、連続殺人犯の身体は燃え尽きてしまうんじゃないのか?

違う。

だから──凍らされている。

しかも、想定されていたような業務用冷凍庫なんて凶器は、使っていない──強いて言うなら、凶器は『宇宙』だ。

スケールが巨大過ぎてもう見えない。

だが、あえて見てきたかのような噓をつくなら、真空状態に人間が投げ出されたからと言って、漫画やアニメみたいに、人間の身体は意外と爆発したりはしない──むしろ凍り付く。

宇宙空間に放り出された時点で、窒息死する前に、まず凍死だ。一瞬で。

瞬間冷凍。

ならば空気抵抗で生じる摩擦熱で、燃え上がることもない──氷は燃えない、低温と高温で相殺される。

そして地表に落下した氷塊は。

そりゃあ粉々に砕けるだろう、どんな柔らかい地面に墜落したとしても。

もちろん、現実に、そして物理的に、そんなことが起こるかどうかなんてわからない。実際、宇宙から人体が投棄された公式記録なんて、世界中の捜査機関、のみならず学術機関をひっくり返したって、ないんだから。

少なくとも、これまではなかった。

ある新機軸の犯罪手法が『発明』されれば、それは本当にもうまたたく間に、世界中に伝播し、定着すると言うけれど、こんなトリックが『あるある』として定着してしまえば、噓偽りなく、世界は終わりである。

さながら、地動説や進化論のように、旧世界と新世界を切り分ける。

限界と未来を、見せつける。

針と糸と指紋認証の密室トリックや電気などという古代エネルギーを利用する車輛の時刻表を使ったアリバイトリックなんて、なんてキュートだったんだろうと、懐かしがられることになる──犯罪界のパラダイム・シフトを目の当たりにして、人目もはばからず、震撼せずにはいられなかった僕だけれど、しかしながら、真心ちゃんの真意ちゃんは、そこにはなかった。

事件は一言で解決したが。

しかし彼女は、世界を一言で終わらせるとは言っていない──胴体を撃たれて倒れ伏した獲物の頭を狙う、とどめの二言目が放たれた。

「つまり、犯人は宇宙人だぞ」

絶句どころか絶命するところだった。

危うく、謎解きを聞いてショック死した史上初の聴衆として、阿良々木暦はミステリー史に名を残すところだった──しかし、確かに、または、不確かにでも。

捜査当局でも突き止められなかった十四人の連続殺人犯の潜伏先を突き止め、秘密裏に拘束し、全員まとめて宇宙へと、これまたバレないように打ち上げて、そして順次、狙い定めた地域に向けて、宇宙空間から、またまた目撃されない時間帯を見計らって、なぜかアメリカ合衆国に集中させて、しかし州をまたぐように適度に散らしながら投げ落とす──そんな膨大な知識と運と組織力に恵まれた犯人が、犯行をおこなう裏打ちとなる動機を勘案するよりは、いっそ宇宙人のキャトルミューティレーションの一種だと考えてしまえば、楽になれる。

宇宙人なら、謎は謎のままでいい。

それがロマンなのだから。

まるで実験──そのもの人体実験。

お前が犯人だ──ではなく。

我々は宇宙人だ──と来たもんだ。

地球を侵略に来たはずなのに、なぜか特定の国、特定の地域ばかりに集中して攻めてくる宇宙人の思惑を解き明かしたところで誰も得をしないし、納得もしない──そういう文化であり、そういう異文化である。

そのまま丸ごと、認めるしかないのだ。

向こうからみれば、こちらこそが異文化であり、異世界か──スマホを片手に携えた一般人が転生してきた異世界の気分を味わわされたぜ。

法と歴史と人類をなめ過ぎだ──期せずして、宇宙戦争開戦における宣戦布告みたいな台詞になってしまっているけれど、ならばあの言葉は全面的に撤回する。

十代の頃に骨の髄まで叩き込まれた、なんでもかんでも怪異のせいだと考える安易さを、遥かに超える思考放棄ではあるのだけれど──しかし、今放棄せずして、いったいいつ放棄するというのか?

我慢に我慢を重ねてきたけれど、しかしこんな末恐ろしい真相を突きつけられてしまえば、資格なき無免許の語り部として、僕はそっと口をつぐまざるを得ない……、面白おかしい不謹慎な異文化交流は、これにてだ。

これにてだとも。

忘却探偵の素早い判断を見習って、宇宙人と戦うことは請負人に任せ、命を弄ぶ魔法少女を反面教師に、美少年探偵団のような少年ではあれなくとも、引きこもりブルマのごとき好奇心は封印し、血を司る魔法少女よろしく大人になって、監察所総監督から学んだ二重否定で、殺人鬼一賊の半分くらいは身内のために、策師みたいに正々堂々、三つ子メイドに惑わされることなく、双子の殺し屋の思し召しに従い豹変し、仲良し大学生のやりかたで危うきに近寄らず、異様なキルデス比を誇る英雄より長生きするため、鮮やかな遊び人が敗北をそうした風に、潔くこの終わりを受け入れる──それでも。

最後の一行で、僕からも一言だけ言わせてくれ──最終の一行で、一言だけは。

物語はしぶとい。