「ときに、如月さん」
「お前が僕に呼びかけてくれたんだとすればそんな嬉しい話もなかなかないが、しかし八九寺、冒頭からいきなり人の名前を言い間違えるな。コミックス特捜版の短々偏で出し抜けにそんなことをされたら、遅まきながらここにきて新キャラ登場かと思うじゃないか。如月さんって。また格好いい間違えかたをしてくれやがって」
「失礼、嚙みました」
「違うわざとだ……」
「嚙みまみた」
「わざとじゃない!?」
「仕方ありません、誰だって言い間違いをすることくらいあります。大事なのはミスを犯したのちに、どう挽回するかなのです。落ち込んでいるわたしを見たいのですか? 見たくないでしょう。それとも更衣さんは、これまでの人生で一度もミスをしたことがないというのですか」
「ミスを挽回する気、ゼロじゃないか。漢字を変えてくるな」
「飢皿木さん」
「それは別シリーズに実在するキャラクターだ。僕との共通点がひとつもない奴だ。やれやれ、しかし不思議だな、お前とは十年後も、こんなやりとりをしているような気がするぜ」
「いえ、あなたとの仲は確実に今日限りです。気がしないでください、あなたのことが嫌いです。えーっと、水無月さんでしたっけね」
「月を変えてくるな。水無月? 人生の潤っていることの上なしのこの僕に、なんとも失礼なことを。悪いな、生憎、ミスなどという二文字は、僕からもっとも縁遠いものだ。その概念は、母親の体内に置いてきた」
「そりゃまだ迷惑なもんを置いてきましたね……、そんな奴の人生の、何が潤っているんですか。母の日とか関係なく、ちゃんと謝ったほうがいいですよ、お母様に」
「それも悪いな、生憎、僕は母親に頭を下げたことがない」
「あなたこそ、なぜコミックス特捜巻の短々偏でまで、好感度を下げようとするなんですか……」
「まあまあ、安心しろ。僕は高校生を卒業したらラッパーになって、母に感謝を歌い出す」
「一項目も安心できないですよ、そんな息子。とめどない不安をかきたてられます」
「『君をのせて』を歌い出す」
「『天空の城ラピュウタ』のエンディングソングはラップじゃありません」
「本当は現時点でも無限に頭を下げまくりだが、そうは言っても、母親が僕のために頭を下げてきた数に比べれば、ふふん、その無限すら微々たるものだよ。相対的にゼロと言っていい」
「言って最悪ですよ。何がふふんなのですか、あなたの人間性が微々たるものじゃないですか、師走さん」
「いよいよかすりもしなくなってきているぞ。せめて字数を四文字にして最後のひと文字を『き』『ぎ』で揃えろよ。まだ残ってただろ、文月も霜月も長月もあんまきも」
「あんまきは旧暦じゃなくて名古屋の名産品です」
「旧暦? ああ、なるほど。僕の下の名前が暦だから、そもそも基本コンセプトとしては、そこに照準を合わせていたわけか」
「てめえの下の名前なんざ知らんし聞いてかもしれねえけど円周率より覚えてねえしその辺の石ころよりも興味がねえ」
「急に辛辣になるなよ! 新キャラの如月さんかと思ったわ!」
「ご安心ください。わたしの名前は八九寺真宵。お父さんとお母さんがつけてくれた、大切な名前です。フェブラリーさんの名前は、どなたがお考えに?」
「まさかフェブラリーさんってのは僕のことを指しているのか?」
「おっと。秘密にしているミドルネームを当てちゃいましたかね」
「阿良々木・フェブラリー・暦じゃねえよ。ミドルネームを教えたがらないキャラじゃない。そんな名前をつけられたら、裁判を起こして改名するわ。確か、おじいちゃんがつけてくれたんだと思うけど」
「ならば、大切にしなくちゃいけませんよね。病状のおじいさまが最後の力を振り絞って考えてくださったお名前なのですから」
「悲劇を演出するな。僕のおじいちゃんはその後、ふたりの妹の名付け親にもなってるんだってば」
「火憐さんと月火さんでしたっけ。長男合わせにしたせいで、おふたりとも名前が少々尖っちゃった感がありますね。下の名前に『火』が入るって」
「それは本当に言うな。言えてるけど言うな。裁判沙汰ってわけじゃないけれど、そのせいで僕達きょうだいは仲が悪いってのもあるんだよ。『てめえが暦なんて円周率より覚えにくい石ころみてえな名前のせいで、我々がけったいな命名されちまったじゃねえか』って」
「妹さん達が如月さんになってますよ」
「そんなことを言いつつ、それはあくまで僕に因縁をつけたいだけで、実際は気に入っているみたいなんだけど。なにせ、ファイヤーシスターズを名乗ってるくらいだから」
「そうなると、おじいさまのほうが後悔してらっしゃるでしょうね。変な名前をつけたせいで変な孫になってしまったって」
「人の妹を変な孫って言うな。嬲り殺すぞ」
「嬲り殺すぞって。小学五年生にしていい突っ込みのレベルじゃないでしょう」
「つけられた名前に違和感を抱くってのはある話なんだろうし、本当にとんでもねえ名前をつける親もいるにはいるわけだけど」
「命名権ってのは、やっぱり強い権利ですよねえ。かと言って、過剰に姓名判断をアテにされてもと思います。そんな普通接していない占いを急に持ってこられても」
「結局、命名される側からすれば、自分で決めた名前じゃないわけだから、何らかの文句は尽きねえわけだけど、しかしながら、確かに言えることがひとつあるぜ」
「お聞きしましょう」
「自分で決めるよりはマシ。物心ついた頃の僕が考えていたら、阿良々木・フェブラリー・暦になってた」
「如月さんじゃないですか」