未だに『ろうはくこうえん』なのか『なみしろこうえん』なのか、正しい読みかたがてんでさっばりわからない浪白公園は、東直駅、中直駅、南直駅という、みっつの駅のほぼ中心に位置している。最寄り駅がみっつあると言えば、まるで非常に利便性の高い立地条件であるようだけれど、しかし正しくは、どの駅からも一番遠い、不便極まる立地条件なのである。
それゆえに、辺りは閑静な住宅街として成立しているわけだーーまあ、わざわざ駅から遠路はるばるやって来ようというような、名物のある公園ではない。
ブランコやら滑り台やらくらいしか遊具のない、一般的と言うか、ただのだだっぴろい公園であるーー遊具で遊ぶという年齢ではない高校三年生としては、べンチに腰掛けてくつろぐしか、することがない公園だと言える。
だが、今日はそれすらも難しそうだった。
べンチに腰掛けるどころか横たわって、すやすやと気持ちよさそうに限る大人の姿があったからだ。
なんて迷惑な大人だろうと思うよりも先に、その特徴的な白髪のほうが気になったーー最初はお年を召しているのかと思ったけれど、その寝顔を見る限り、むしろ若いほうだろう。
二十代半ばと言ったところか?
首のところがだるんとたるんだセーターに、デニムのロングスカートーーベンチの脇には、彼女が寝る前に脱いだのであろうカーキ色のブーツが、さながら意志を持っているかのごとく、まっすぐに直立していた。
腕を枕にした白髪の横には、ファッショングラスのようなお洒落な限鏡が置かれているーー眠る前に外したのだろう。
いずれにせよ、こんな地方都市では、類を見ないファッションセンスを誇る女性だった。べンチで眠っているという違和感を大胆に差し引いてみても、まるで別世界から来たような、異質の登場人物であることは間違いない。
「……」
僕としては本日、特に用事があって浪白公園まで来たわけではないので、このままスルーして踵を返すというのも十分にたありな判断だったけれども……、まあ、そういうわけにもいかない。
とりたてて治安が悪い土地柄ではないが、それでもうら若き女性が無防備に、こんなところでぐっすり眠っているのを、漫然と見過ごすわけにはいくまい。
なんだかんだで、変な奴も多い町だ。
少なくとも羽川なら、このシチュエーションを看過するとは思えないーー見て見ぬ振りはしないだろう。
なので僕は、彼女が横たわるベンチにそっと近づいていって、その白髪に手を差し入れ、かきあげるようにした。
「ひゃあ!?」
飛び起きた。
バネ仕掛けのように。
即座に眼鏡をかけ直して、
「私の白髪にいきなり触ったのは誰ですか!?」
と、きょろきょろと、腕まくりをしながらその白髪頭を振り回したーーそして僕に照準を定める。
起こすためとは言え、女性の身体を触るのはまずいかと思って、髪に触ったのだが、どうやらすっかり驚かせてしまったらしい。
「大丈夫、怪しい者ではありません」
怪異的には怪しいと言ってもいいのかもしれないけれど、僕は寝起きの女性を安心させようと、両手を広げて武器を持っていないことをアピールしつつ、自己紹介をした。
「直江津高校三年生、阿良々木暦です。ちなみに直江津高校というのはこの辺りで一番の進学校であり、毎年、数々の有名大学合格者を輩出しています」
普段忌み嫌っている進学校の看板を、ここぞとばかりに活用する落ちこぼれだったーーそんな僕を、白髪の彼女は眼鏡の奥から眼を光らせて、じいっと見る。
な、なんだ、その鋭い眠は。
まるで犯罪者を見る探偵の眠ではないかーーただし、僕が犯罪者かどうかはともかくとして、彼女は実際に、そのもの探偵だった。
「失礼。親切にも起こしていただいたのですね」
その後もしばらく、僕を見透かすような眠で見続けてから、おもむろに彼女はにこっと微笑んで、ペこりと白髪頭をさげた。
「初めまして。私は置手紙探偵事務所所長、捉上今日子です。忘却探偵と呼ばれていますーーところでここはどこでしょうか?」